現場

診断は人に残した医師 — 流れだけを道具にした

著者: community · 2026年4月16日
この記事には実証版があります。 同じ主題を、動くコードと実際に描かれた画面で作り直しました — 読まない道具 — 診療フローで判断を外に置く方法。この記事は書かれたまま残します。

家庭医学科医院の院長ハン・ドギョンさん(47)の診察室は狭かった。机の片側に血圧計、もう片側にモニター一台。診療の合間のわずかな時間に、彼はモニターを回して見せてくれた。画面の左には今日の予約患者の一覧、真ん中には一人のこれまでの流れが時系列に積まれていた。「3か月前 HbA1c 7.2、薬を調整」「6週間前 足のしびれを訴え — 神経検査を依頼」「2週間前 血圧145/92」。彼はその行を上から下へ一度ざっと見て、「この方は今日、足の話から聞かないとですね」と言った。

一日に患者60名。その半分が糖尿病・高血圧・高脂血症のような慢性疾患の再診だ。同じ人を数か月に一度、何年も診る。問題はその間の流れだ。前回なぜ薬を変えたのか、次に何を見ようと言ったのか、どんな症状を患者が流すように口にしたのか — それが紙のカルテと記憶に散らばっていると、毎回最初から手探りになる。「再診なのに初診のように尋ねていたんです。患者も分かりますよ、医者が自分の流れを忘れたって。」だから彼は画面を一つつくった。開発は学んだことがない、と言う。

診療の合間のわずかな時間、モニターを回して患者の「これまでの流れ」を指すハン・ドギョンさん — 机には血圧計とモニター一台だけ
診療の合間のわずかな時間、モニターを回して患者の「これまでの流れ」を指すハン・ドギョンさん — 机には血圧計とモニター一台だけ

一日60名、半分が再診だそうですね。以前はその流れをどう追っていましたか?

記憶です。それと紙のカルテ。慢性疾患の患者は一人を何年も診ますから。糖尿病の患者なら3か月ごとに来ます。その間に何があったか — 前回なぜ薬を0.5ミリグラム上げたのか、足がしびれると言っていたのがよくなったか、腎臓の数値をいつ見直そうと言ったか — それを診察室に入ってくる5分のうちに頭の中から引き出さないといけません。

一人だけ診ればいいなら大丈夫です。60名を診ると、流れが混ざります。Lawsonさんに話すことをパクさんに話しかけて、「あ、この方はそうじゃなかった」とカルテをめくる。その数秒は大したことなさそうでも、患者は感じます。自分の医者が自分を初めて見るように接しているという感じ。慢性疾患は信頼で管理する病なのに、その信頼がそこで漏れるんです。

一度、血圧の薬を変えた患者に2週間後にまた測って見ようと言っておいて、私がそれを見落としたんです。患者も忘れて来なかった。3か月後に来たときには血圧がさらに上がっていました。大きな事故ではなかったですが — 私が流れを持っていたら防げたことでした。そのとき思ったんです。私の記憶は60名を持ちこたえられない、と。

それで自分で道具をつくった。開発を学んだんですか?

いいえ。そこがこの話の核心です。私はコードが書けません。私がしたのは何が必要かを決めたことだけです。画面に何が出るべきか、どんな順で見せるべきか、何を見落とすと危険か — それは私が20年診療してきたから分かります。それをコンピュータに分かるように移すのがいつも壁だったのですが、その部分をmakemindが引き受けてくれました。

私は画面を描いたのではなく話したんです。患者を開いたら、これまでの流れを時系列で上から下へ。薬を変えた時点は色を変えて。次に見ようと言った項目は別に一行で。こんなふうに何をどこに見せてほしいかを書くと、それが画面になります。私がデザインをしたのではなく、必要なものを話しただけなのに。

「私は画面を描いたのではなく、話したんです。診療がどう流れるべきかは私が一番よく知っているので。描けなくても、話すことはできるでしょう。」

その画面の裏で実際に何が起きているのか、見せてもらえますか?

もちろん。画面は一番最後です。その前に段階があります。診療が終わるとその日のことが患者ごとに積み上がり、次にその患者が来るとこれまでの流れが一画面に絞られ、見落としやすい項目が上に上がってきて — 私はその流れを組んだのではなく、各段階に何が入って何が出るべきかだけを決めました。

最初の段階、診療記録はどう積まれますか?

診療が終わって私が一行書きます。「薬0.5増量」「足のしびれ — 神経検査を依頼」「2週間後に血圧再検」。長くは書きません。以前はこれを紙のカルテの隅に書いていたのですが、次にその患者を開くと、それが時系列で一行ずつ積まれています。一番最近が上に。

大事なのはいつ、何のためにそうしたかが一緒についてくることです。「この薬、なぜ変えたんだっけ?」というとき、その時点のメモまで遡れます。診療は根拠が命ですから。後で患者が「あのときなぜそうされたんですか?」と聞いてきたら、私の記憶ではなく、その日に書いた行で答えられます。

その次、患者ごとの流れはどこに積まれますか?

患者ごとに事実が時間順に積まれる場所があります。「去年の秋 HbA1c 8.1」「冬に薬を調整」「春に7.2まで下がった」「足のしびれを訴え始める」みたいなものです。各行にはその日の根拠(どんな数値、どんな症状)がついていて。

これが紙のカルテと決定的に違います。紙は今の状態だけを見せますが、これは変化を持っています。「この患者、HbA1cが半年ずっと下がっている最中だ — よくついてきている」「血圧が3回連続で少しずつ上がっている — 薬を見ないと」のような流れが、私がいちいち昔の記録を広げて比べなくても一目で見えます。私が頭の中でしていた比較を、データが同じ形でしてくれるんです。

では今日診る患者の画面はどう出ますか?

朝に今日の予約患者を一度ざっと見せてくれます。一人を開くとこれまでの流れが絞られて出ます。上に一番最近のこと、その下に時系列。そして別に一つの枠に「前回、次に見ようと言ったもの」が集まります。2週間後に血圧再検、3か月後に腎臓の数値、次に足の状態を確認 — こういうものが抜けないように。

これが一番大きな変化です。以前は「今回、何を見ようと言ったっけ」を私の記憶に頼っていたのですが、今はそれが画面に出ています。見落とすものが目の前にあるので、見落とすまいと気を使うことがありません。その気の使いを、患者の顔を見ることに回せます。

これが患者一人を開くと見る画面です。上にこれまでの流れ、横に「次に見るもの」の枠。あの下のグレーの行、見えますか? 「直近3回 血圧の傾向 ↑」 — これも私がいちいち昔の数値を広げて描いたのではなく、積まれた記録から勝手に傾向だけを抜いて見せてくれたんです。傾向は見せるけれど、診断はしません。そこまでは道具の仕事で、「だから薬を変えるか」は私の仕事です。

今「診断はしない」とおっしゃいました。それは意図ですか?

それがこの道具で一番大事な設計です。この画面は診断をしません。「この症状ならこの病気」とは言いません。薬を勧めもせず、検査結果を代わりに解釈もせず、危険度を点数でつけもしません。傾向は見せます — 血圧が上がっている最中だ、数値が下がっている最中だ。でもそれが何を意味するか、何をするかは私が決めます。

これは見落としてつくれなかったのではありません。わざとつくらなかったんです。最初に設計するとき決めました。「診断」「処方の推薦」「危険度の判定」のような機能は、この画面に入れない。画面がどれだけ賢く見えても、ない機能は呼べないじゃないですか。つくらなければ、間違ってもその線を越えられません。

「何を画面に入れるかより、何を画面の外に置くかを先に決めました。診断を道具に入れた瞬間、私がそこに寄りかかるんです。だからいっそつくらなかった。」

なぜその線をそんなに固く引くのですか?

医療は、判断の責任が人に結びついていなければならない仕事です。法でも、倫理でも、何より患者の安全のためにです。画面が「この患者、糖尿病合併症リスク78%」と出したら、忙しい日には私も知らずそこに寄りかかります。すると私の判断が画面に引っ張られます。それは患者にとって危険です。

だからその能力は道具にしません。つくらないことが、このドメインで道具をつくる人の最初の責任です。流れは道具が持ち、判断は私が持つ — その境界を私が引きます。その境界をどこに引くかが、実は診療を知る人にしかできないことなんです。外部の開発者が「診療アプリ」をつくると、その人は機能をもっと入れたがります。「診断もお手伝いしましょうか?」と言いながら。私はより少なく入れました。それが違うところです。

まとめると、院長がしたことは何で、makemindがしたことは何ですか?

私がしたのは判断です。流れをどんな順で見せるか、何を見落とすと危険か、そして何を道具にしてはいけないか。それは20年診療した人だけが分かります。makemindがしたのは、その流れを運ぶことです。

段階私が決めたこと(20年の判断)道具がしたこと
記録入力何を一行で残すか書いたメモを患者ごとに保管
流れの蓄積何を事実として残すか時間順・根拠とともに積む
次の診療何を次に見るかこれまでの流れと「見るもの」を一画面に絞る
傾向どんな傾向を見せるか積まれた数値から方向だけを表示
診断・処方道具にしないと決める(なし — わざとつくらない)
画面何をどこに見せるか話した通りに画面としてレンダー

私が埋めた欄の中で一番大事なのが5番目の行です。そこの欄が空いているでしょう? 空いているのが設計です。ほかの欄は何を入れるか決めましたが、その行だけ何を入れないか決めました。開発を学んでいたら数か月、外注していたら数千万ウォンだった作業を — 私の判断を言葉に移すことだけでやりました。

一番大きく変わったのは何ですか?

患者を見る時間です。流れを手探りするのに、見落とすまいと気を使うのに使っていた頭がほどけて、それが患者に向かいます。同じ5分の診療なのに、その5分の質が違います。再診の患者が入ってくると、私がその人の流れをもう持っているので、最初から尋ねません。「前回、足のしびれはどうですか?」で始めると、患者の顔が変わります。自分の医者が自分を覚えている。

そして正直に言うと、この道具がすべての診療を変えるわけではありません。流れがくっきりした診療 — 慢性疾患の管理、定期検診、標準的な問診 — で輝きます。毎回違って予測できない複雑なケースは流れに収められませんし、収めてもいけません。だからすべての段階にスキップ自由メモを残しておきました。流れが私を縛ってはいけないので。道具は流れを提案するだけです。画面の外の信号 — 患者の表情、口にしなかった症状 — は、結局は私が見なければなりませんから。

「流れは画面が持ち、判断は私が持ちます。傾向は見せるけれど診断はしません。その境界を引くことまでが、この仕事を知る人の役目なんだなと。」

他の医師に勧めるとしたら?

大げさに始めるな、と。私も最初からこれを全部つくったわけではありません。「患者を開いたら過去のメモが時系列で出る」一行から始めました。それができたから「次に見るもの」を足して、傾向の表示を足して — 一マスずつ増やしました。そして増やしながら毎回尋ねました。これは流れか、判断か?判断なら足しませんでした。

核心はこれです。あなたが一番よく知っているのはあなたの仕事であって、コーディングではない。そのよく知っていることを話しさえすればいい。描けなくても、話すことはできるでしょう。そしてもう一つ — 何をつくるかと同じくらい、何をつくらないかを決めるのもあなたの役目です。人だけがすべき判断は、道具にしないことまでが設計です。私のようにコード一行も書けない人がつくった画面が、今、私の診療を支えています。診断は、今でも私がします。


makemind.dev 「現場」— ドメインを最もよく知る人が、自分の道具を自分の手で。ハン・ドギョンさんの診療画面は流れを運ぶけれど、診断はわざと載せませんでした。何をつくらないかまでが設計です。

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